江本昌子の「ぶちおきゃん!マチャコの思い出話」 第39回「自転車」 江本昌子公式ホームページ

江本昌子の

著者:江本昌子

第39回「自転車」

毎週木曜日更新

作者へのお便りをお待ちしてます。

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自転車の乗り方には、足を大きく上げて上からまたぐ男乗りと、 内側からひょいと乗れる女乗りがある。 自転車のハンドルとサドルの間に一本パイプがあるのが男自転車で、 くの字になっているのが婦人自転車。

昔から商売をしていた我が家は当然大きな荷台の男自転車。 この真っ黒な重たい自転車で乗る練習をするので大変なのである。
小学校低学年の身長と同じ高さの自転車。子供自転車の補輪が付いた 可愛い絵面じゃなくて大きな自転車と戦う図なのである。 まずハンドルを持ち、左足のペダルを踏み、自転車を斜めに傾け 右足を三角の空間に突っ込み右のペダルを踏む。 ペダルは一回転は出来ないのでシーソーの様にジーコ、ジーコと斜め走りでこぐ。 これに慣れると今度はサドルに座る練習。えいっ!!とやっと座ると高くて、 足は届かないどころかペダルも踏めない。まるでサーカス。 右足でボンと踏み、左から上がってきたペダルをまた左足でボンと踏む、 踏み外すと勢いがなくなって横倒しにガチャ〜ン。

自転車と停めるには後ろについている大きなバーをガシャンと下におろし、 前から後ろへヨイショとかかえて停めるのだがもうちょっとの所で力尽きて 前からガシャンと逃げるように倒れる。
フ〜傷だらけの自転車走行練習。
そんなもんよ、昔は昔。

遊園地の野球が手狭になって、ほかのチームと試合をしに自転車こいで行っていた。 我が下町チームにはいずれもこの男自転車のドッテン車がずらりと並び、 魚屋の健ちゃんはトロ箱を乗せたまま。
隣の繁華街の坊ちゃんチームは最新のスマートな自転車ばかりで、
三段ギアが付いているんだぜとほくそ笑んでいる。
でも野球は圧勝だったぜ。バァーロー。

父の弟の太郎おじさん家は自転車で30分くらい走ったところにある。 父によく後ろに乗っけてもらい遊びに行っていた。 いつもなら日の明るいうちに帰るのだが、ある日、おりあいが良かったのか、夜遅くに帰ることになった。寒い冬のことである。
ポンワカ暖まった身体が外に出たとたんキュンと冷えあがり、
自転車の後ろの大きな荷台の金具が冷たくて私の体温まで持っていかれそう。
「昌子、ようつかまっちょけよ」
「うん」
父の大きな背中はぽかぽかと暖かくて気持ちいい。
顔全面を背中に押し付けて、冷たい風が当たらないようにしていた。
「昌子、寝ちゃあいけんぞ。落ちるけえの」
カーブを曲がる度、大きな声で私に声を掛けてくれる。
「うん、起きちょるよ」
返事をする度、口に冷気が入り白い息があっという間に後ろに逃げる。
夜道はシンシンと冷え、父のこぐペダルの音がジャリジャリと氷の上を走るようだ。
昔の冬は本当に寒かった。
「起きちょるかぁ」また聞いてきたけど、今度は返事をしなかった。
せっかく暖まったのに口を開けるのがおっくうで、寒くて冷たくて黙っていた。
すると父は片方の手で私が落っこちないようにしっかり抱きかかえた。
ペダルの速度を早め、片手運転で家まで無言で走った。
この寒さの中、寝ることができる訳ないのに、父の勘違いに甘えてタヌキ寝入りのふりをした。
「着いたぞ、昌子。よぅ寝ちょったのぉ」
「う〜ん。寝ちょった」
私が初めて父についたうそは主演女優賞並の名演技だったのである。

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